かんまんこうろうひ・はてなブログ編

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グインサーガの118巻目を読んでみた

 表紙のリンダ……やっぱりでかいなぁ(何が、とは書かぬw)。

クリスタルの再会 (ハヤカワ文庫JA ク1-118 グイン・サーガ118)

クリスタルの再会 (ハヤカワ文庫JA ク1-118 グイン・サーガ118)

 スーティ拉致を断念したブランは独りゴーラへと帰って行った。パロに入ったグイン一行はリンダ女王と対面するが、グインの記憶は戻らなかった。自分を覚えていないグインや、イシュトヴァーンの息子を連れたフロリーに衝撃を受けたリンダであったが、気を取り直して彼らを歓待する。だが、ふとグインとリンダの手が触れあったその時、彼らは星々が渦巻く超高次元的な世界を幻視するのであった。

 上のあらすじにマリウスのことは挟まなくてももういいでしょw?

 「誰もがしがらみを持ち、妥協しながら生きている。自分だけ自由に生きたいのは我儘」ヴァレリウスの云い分ごもっとも。「誰が運命を享受してるからといって、僕自身が同じようにそうしなければならないといういわれはない」マリウスの云い分も至極ごもっとも(←正直に書くと、私もこちら側の人間。30越えて好き放題して本当にすみませーーーんっ、汗)。でも、ヴァレがマリウスの首に鈴、可能ならば鎖を付けておきたい気持ちはよーく判る。その時の気分で行動するこの男は、いつ何どきにどういうスイッチが入って「兄の遺志の手助けをしたい」「生き別れた妻子と再会したい」となって勝手に行動した挙句、両方の実家に多大な迷惑を及ぼす可能性はおおいにありえる(汗)。一介の吟遊詩人のままで生きていきたいという彼の言葉を素直に信じられたらどんなに物事は簡単だったかw。
 しかしながら、実はこれはかなり前から感じてたことなんだけど……確かにパロ王家の希少な男子の血筋には違いないのだろうが、ヴァレリウスはマリウスという存在を「パロやケイロニアの命運を左右する」とか何とかで、ある意味ちやほやしすぎてないか?逆に云えば彼には青い血が流れているというだけであって、帝王学に関わる諸々の能力はさらさら皆無(恐らくタリクよりも)だし、本人にも学び取る意思は無しということで、誰がそんなぱっぱらぱー(汗)を中原の要人とは見なすかねえ。いや、それを無視できないのが中原のポリティクス事情、ということなんだろうけど。当人の人望の無さ(本人にも人望を集める気なぞ全く無いが)に比べて、やたら彼を重要視してくる周囲の描写(というか、ヴァレリウス)に私はかなり違和感を感じてしまうのだ。一方では、あれだけ頑張って(?)も、イシュトヴァーンはいつまでたっても諸外国には一流の王とは受け入れられてないのにねえ。1度も劇中では認めてないけど、やはりヴァレリウスはマリウスがナリスの血を濃くひいている、ということに拘泥しているような。……とここまで書いてはたと気づいたんだけど、ヴァレはひょっとしたらマリウスの処遇をあーだこーだ追いかけ回すことで、歪曲的にナリスと関わり続けたいだけじゃなかろうかと(^^;)。

 で、久々再会のグインとリンダです。まだまだ「花嫁」には遠そうだけれども、二人は運命の相手同士?みたいな描写がいよいよ始まったというのに……ナンデミカンニナッチャッタノ(´;ω;`)。グインの記憶喪失は、古代機械の影響ではなく、実は外部から「思い出してはならない」という強い指令が働いている可能性もある、とういうことで。そういや宇宙船から地表に戻ろうとしたときにグインはランドックではなく中原を選びとったんだよなあ……と思うと、この度の記憶障害はグインの「自立」を快く思わない何者かの力が働いた、ということか。今回グインはその「何者か」を自分の道程を妨げる敵、とも発言。星船、アウラ、そしてホーリーチャイルドといった調整者(だっけ?)サイドはグインを見守っているのではなく、むしろ管理し支配する、いわばグインにとっては乗り越えるべき存在だったのか?そしてリンダは、これらとどういった関わりを持っていたのだ?